泥沼ブログ

非農家から就農して、男一人で農業所得400万・時給2000円農業を目指します

マジメな人は、今の就活は辛いだろう

cyanmeme.hatenablog.com

 

この記事を読んで、また昔の自分を思い出した。当時の自分に声をかけるとすれば、「周囲を見すぎて自分を縛りつけるな」といいたい。そしてそれは今の就職活動をしている学生さんにも。

 

仕事論ではなくて、心の持ち方を参考に

とりあえずこの記事に対するブコメが、仕事論や就活戦略みたいなものが多い・・・。この人が言いたかったのは職種にこだわりすぎたのは一つの結果論で、原因の根っこは、自分を偽ってしまって何がなんだか分からないまま就職活動してしまっていたことだろう。

そして、これは彼女が真面目だったからだ。

そして、「疲れたら休んで、ちょっと気を晴らしてみて」っていうこと。真面目な人ほど、客観的になりにくいからね。実は遠回りのようでそれが近道だったってことを言いたいんじゃないだろうか。もしそのときに休めていなければ、もしかして泥沼にハマってずっとひきこもってネトゲしていたかもしれない、という恐怖。ある種、この人は脱出できたから成功例と言ってもいいかもしれない。

とにかく、「自分がどうしたいかということが無い」「自分というものすらよく分からない」。マジメな人はそう考えてしまう。

不真面目(ここでは悪口ではない)な人はそれを織り込んで就活できる。スパーンと「仕事ってそういうこと」と割り切れたり、「なんとかなるさ」と生きていける。個人的に差があったなと感じるのは、他の人は仕事に対して大人になっていたということ。言葉にするのは難しいんだけど・・・。

 

(話はそれるが、現代で「真面目」はプラスの言葉では扱われないことが多いと感じる。そういう社会になりつつある。長いスパンで見ると、現代がどんどん変化の速い時代になっているから真面目さ・愚直さがマイナスに働くということもあるだろうし、マジメさが仕事(利益)になっていた時代からすると、そういう人の仕事はコンピュータに取られつつあるからだと思う。工場にしても、事務にしてもそう。真面目・不真面目の意味が変容しつつある)

 

話を元に戻すと、真面目だからこそ上辺の気持ちだけになってしまって、何とか内定が欲しいと思ってしまう。不真面目と呼ばれている人はある種、なんとかなるさ的に生きていけたり、現代で真面目さに取って変わって欲しがられる「コミュニケーション力」が高かったりする。だから内定がすぐ出たりする。割り切る能力といったほうがいいかもしれない。仕事モードに切り替える能力。片や真面目な人は仕事とオフを切り替えたりできないことが多いのではないかな。

 

何よりそもそもは、新卒制度がおかしいんだけどね。マジメな人は割を食う時代と考えていたほうがいいと思う(昔がどうだったか知ってんのかと言われたら知らないけど)。

マジメさは、そのマジメに取り組んだ時間・年数があって始めて評価されることが多いと思う。そして、新卒でのマジメさはその点でなかなかアピールしづらいと思う。実際アピールしようとした人ほどそれが分かるんじゃないだろうか。

事務職は真面目にこなしていればある程度受け入れられるという風に思われているのかもしれないが、その分、小さい会社だと確かにベテランのおばちゃんがパートでこなせていたりする。

事務職が人気なのは、そういう真面目な人に向いていて、かつデスクワークでしんどくない(と思われがちな)職業であり、土日休みも取りやすいなどなどがあるということ。そして現代はそういう職がどんどん少なくなっているという面があるのがミスマッチを生んでいる。さらにパート化して経費削減。すごい倍率になってしまうらしいもんね、一般事務職は。

 

彼女が就職したウェブ系の仕事は、現代では仕事量として増えたと思う。20年の間に無くなった仕事はコンピュータに取って代わられたが、今はコンピュータを動かす仕事がまた生まれているということだ。事務職を目指す女性はそういう職業を考えてみてもいいと思う。デスクに座ってパソコン作業するのは同じじゃないか。専門の勉強は必要だろうが、生きていくためならなんだってできるものだ。創造性が必要かどうかとかが気になるだろうけど、そこは詳しくは他の人の情報を。向き不向きがあると思うからねぇ仕事は。

 

農業とか真面目な人が向いていると思う。

あとは個人的には農業である。宣伝になるけど。肉体労働が卑しい仕事だという先入観がこびりついている学生にはなかなか踏み込めないだろうが、実際やってみて、農業はマジメな人が向いている仕事だと思うね。そういう人ほど結果が出るだろう。

というか、不真面目でうぇーいってやってたら絶対に結果が出ない職業である。

僕も若い間は漠然と「農業なんて・・・」とハナから自分がやるものではなかったと思っていたし、実は今の高齢化している農業者も「若い人はやんねぇべ」とそう思い込んでいる。今僕が来ている農村でも、若いだけでありがたがられるし変人扱いだ(笑)。

でも一般的に言われている農家って、多くの場合コメ農家だったりする、コメだけで家族を養っている人は全コメ農家の一桁パーセントしかいないと思う。そうでなくて、野菜や果物では、やりようによっては稼げるというのを情報収集していて思った。

僕がタクシー運転手を始めたときも同様で、結局やりようによっては年400ぐらいは稼げた。それで真ん中あたりで、もっと稼いでる人も当然いる。運転手への景気インタビューで「全然あきまへんわ(なぜか関西弁)」という映像しか頭に残っていないから、「やらない人」の話が蔓延している。「それなりに稼げてますよ」という映像なんて、タクシー運ちゃんっぽくないからカットされてるんだよな・・・。元テレビ関係者の人が言ってたけど、「テレビは嘘は言わないけど本当のことも言わない。何にも言わないんだよ(笑)」との話は、今の情報社会では笑えない。

話がそれたが、とりあえず、イメージに捉われないことが、逆に得することにつながるのでは、ということを強く言いたい。

 

僕は今就農の準備をしているが、もし一緒にやれる人がいたらぜひと思っている。「農業は1人で1の作業量とすると、2人だと3ぐらいにはなる。農業は1人ではキツいぞ」とずっと言われている。体力的にはきつい仕事だからそれは覚悟できる人。・・・とかいうと僕も覚悟できているかのように聞こえるかもしれないが、実は全くそんなことはないんだけどね。覚悟もなく来たけど、それなりにやっていけるんじゃないかと思っている。嫁さんがいれば一番いいけど、もし嫁さんがいても手伝わせたくないかな。

いわゆる個人事業の起業と同じなので、どうなることやら。農地のことや地域住民との交流が気になると思うが、真面目な人を評価してくれると思うよ、田舎の人は。マジメにコツコツやっていると結果は出るってことを身を持って体感してるからだと思う。

それに作物によってはだけど農閑期があって、意外とヒマな時間も多かったりする。主にお日様が出ている間の作業になるので就業時間は9時17時だったりして。色々調べてみると、「あれ、意外と楽・・・?」ということがあるかもしれない。

まぁペットを飼っているのが仕事のようなものなので、なーんにも世話をしなくていいという日はあんまりないだろうけど、共同でやったり会社にしてやってれば、ある期間は水の管理を誰かにお願いして自分は旅行に行ったり、ということはできる。そういう面でも、農村が共同体であったり組合組織であったりするゆえんでもあるのだと感じる。

 

と、新卒で就活をしている人にこういうのは突拍子が無さ過ぎる話だと思う。大学の就職支援課に行って、「農業をやりませんか?」ってビラが貼ってあっても99%見過ごすだろう。僕もそうだったし、その後就職に失敗してフリーターやったりひきこもったりした経験があるからこそ言えることだ。これからの日本の農業、どうなるかわからない面も多い。大規模化していくという話もあるしTPPもある。しかし逆に見るとチャレンジしがいがあるとも言える。

 

最後に学生諸君に

社会だから。この世に不要な人なんていません。そして疲れたら、周囲の意見をシャットアウトして、休んで海か山に行ってみて。自分に素直になれるのは、心を許せる相手の前か、それがいない人は自然に囲まれた場所がいいと思います。独りではないということを伝えたかったのです。

 

 

※追記(2017/06/15)

上の記事を書いてから1年半ほど経ちましたが、就活時期になるとなのか、ちょくちょくこの記事にアクセスがあります。おそらく「これまでマジメにやってきたのに就活うまくいかないなぁ」という学生さんが見に来ているのでは、と勝手に思い込んでいます。

そんな折に同じようなテーマで書かれた記事が最近上がってました。そこについたたくさんのブコメが大変参考になったので、何かの参考になればと思い、追記しておきます。

海とか山に行っても問題の根本は解決しないでしょうが、この記事と、特にブコメを読んでいると自分の改善すべきところが見えてくるでしょう。若いころの自分に伝えてやりたいですね。できれば高校生ぐらいの部活バカになっていたときに伝えたかった。

 

元記事を読んでから、ブクマページを読んでくださいね。はてなはこういう使い方をすれば参考になりますね。自分を客観視できるような気がします。言葉は辛辣かもしれませんけど(笑)。

 

 

 

アドラー思想が、アラサーでタクシー運転手をして身についていた

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気がする。

気がする程度です。しかも少しだけ。

 

今更ですが、アドラー心理学についての本を読みました。2014年のベストセラーになっていたんですね。『嫌われる勇気』という本。

今回、嫌われる勇気は立ち読みでざっと読んだだけで、しっかり読んだのは別のマンガ仕立てになっているこちらの本だったんですが。

アドラー心理学 ―人生を変える思考スイッチの切り替え方― (スッキリわかるシリーズ)

アドラー心理学 ―人生を変える思考スイッチの切り替え方― (スッキリわかるシリーズ)

 

 

そしてネットを見ていると、たまに読むゆうメンタルクリニックのマンガにも、この「アドラー心理学」をテーマにしたマンガがありました。その中でもこの回、

の中の「人間のレベル」の話に結構僕の感じたことと同じことがあったので、今回記事にしました。リンクもぜひ読んでみてほしいと思います。

 

 

底辺と言われる仕事に就いて

僕は4年程度、東京都内でタクシーの運転手をしていました。いろんなお客さんを乗せて、いろんな経験をしましたが、通して一番いい経験だったのが、みな社会の一員なんだな、とある程度腑に落ちて思えるようになったということです。

人を階層で分ける意味での「底辺」なんて言葉は、普段インターネット上でしか使われませんよね。しかも人を中傷しているときは匿名のことがほとんど。他には、貧困層を何とかしようと思っている人なんかが文脈で使うことがあるぐらい。しかしタクシー車内という密室では、直接言われることもあります。僕は1度、歌舞伎町で乗せたお客さんに言われました。「この底辺が!」。根に持っているわけではないんですけど、車内タバコも断ったのにムリヤリ吸われて、忘れられないお客さんです。ま、お酒が入ってましたから。

そのほかにも、お客さんと身の上話になり「大学出てんの?大学出てなんでタクシーやってんの?」という言葉をかけられることはよくありました。その言葉の中に「なんでタクシー(なんか)やってんの?」と、後部座席の見えないお客さんの口元が半ニヤケになっているように感じることも最初は多々ありました。

始めてから気づきましたが、僕はタクシーの運転手がここまで社会的に蔑まれる職業だとは思っていませんでした。タクシーをやる前、フリーターだった時にもある程度肩身が狭い思いをして過ごしましたが、それよりさらに強い風当たりを感じたことを覚えています。

ただ、僕はタクシーを始めるまでは自分の思うように生きておらず、「(社会的に)まともな仕事につくべき」が強すぎました。他に特別やりたいと思った仕事もありませんでしたし、職歴もまともにありませんでしたから。ただ、以前大学卒業と同時に東京にきて就職活動をしているときに、ふと新宿百人町の靖国通りで「タクシーの運転手って面白そうだな」と思ったことは覚えていて、そのときの直感も信じて業界に飛び込んだわけです。

結果的には仕事自体は自分に合っていて、それまでの人生で一番長く続いた仕事でした。なのでそのときの勘は当たっていたと言えるのですが、事故が怖くなってしまって思うように運転できなくなったので辞めさせてもらいました。

 

仕事が合っていたこともそうですが、さまざまなお客さんと接して、体感としての経験になったことがあります。

それは、結構みんな考えていることは同じということ。見栄を張りたい、エロい、自己都合で勝手に生きているということエロいのは性的なことに限らず、カネや権力とかも根っこは同じだと思います。男女問わず。そしてみな人間関係に悩んでいる。

ごくまれに賢人のような大きい器の人もいたように感じましたが、そういう人には僕も甘えてしまったように思います。

 

最初は劣等感がすさまじかった

元々自己肯定できていなかった僕は、今でもゼロになったわけではありませんが、当初はもっと強い自己否定や世間への劣等感が強い人間でした。先ほどの、お客さんと接していた感じた「自己都合で勝手に生きる」ということができていない人間でした。

失業明けでタクシーを始めた当初は、まずお金に困って始めたこともあり「とにかくやらねば」という思いだったことを覚えていますが、やはりその劣等感は根強く残っていました。

最初の頃は、土地勘があるほうであった新宿、池袋、渋谷を中心に走っていましたが、港区、千代田区、中央区とだんだん都心へ入っていくようになります。

「大丸有エリア」なんていう言葉があります。「大手町、丸の内、有楽町」周辺エリアをそう呼ぶそうで、タクシー運転手の同僚の間ではあまり聞いたことがありませんでしたが、八重洲側を含む「東京駅周辺」と比べてきれいで都心的なイメージが分かりやすい分け方です。

そのエリアで、特に同世代のビジネスマンに乗ってもらうのがすごくストレスでした。ビンビンにアンテナを立ててしまい、自意識過剰になっていました。あの狭い密室で自意識過剰になるのが結構しんどくて、最初のころはすぐに回送にして休憩していたのを覚えています。

何が自意識過剰だったかというと、素直に言って「この大企業に勤める優秀な男と、それを乗せて運ぶ運ちゃんが同世代」という、他人との比較と自己卑下だったと思います。その人が大企業に勤めているかどうかも分からないのに。しかもタチの悪いことに、「若い運転手だから何か事情があって運転手やってんのかな?と思ってもらえるかも」のような、そのストレスから逃げるための甘えの気持ちもあったように覚えています。

 

だんだん、思い込みが薄れていった

そんな色んなお客さんを乗せる中で、同世代でも色んな人がいることに気づいていきます。大手町のピカピカの同じビルから出てきた同じ世代のスーツ姿の男性でも、すごく優しかったり気さくな人もいれば、オラ運転手よぉ、という人もいます。また同じ歌舞伎町のホストの人でも、すごく丁寧な対応で「おつり取っといてください」と言ってくれる人もいれば、逆にヤンキー上がりみたいなすごくぶっきらぼうな人もいます。接客業ならそういうこと日常茶飯事ですよね。

そういう人が入れ替わり立ち替わり入っていく車内で過ごしていると、

「あれ、今日やけにヤな客多いな」

とか思うことが何度もありました。それは、後からだんだん気づいていったのですが、僕自身の気分が影響していることも多々あったのです。「嫌なお客さんだな」と感じると、その次に乗ってもらったお客さんにも暗い対応をしていたりして、自分の気分を引きずっていたのです。それに気づき始めたころから、最初に書いたエリートビジネスマンへの嫉妬心のようなものも、段々と薄れていったのです。結構自分の気分が相手の反応にも影響するんだ、と気づくと同時に、世の中には役割分担があるだけだ、と思えるようになったんです。徐々に、徐々に。

 

***

 

こんなことがありました。東京のちょっとはずれのほうで乗ってもらった若い男性客。聞けばテレビ局関係のいわゆるADさん。急ぎで都心のほうまでということで首都高を使って送ります。同じ世代ぐらいということで話が進み、途中、お仕事の話になりました。

僕「ADさんってテレビでよく見ますけど大変なんですよね、ディレクターさんとか体育会系なんですか?やっぱり」

客「そうですねー、無茶苦茶をいう人ですよー。そう、ディレクターって、ただ無茶苦茶言うだけの人です・・・」

そう言って、丸二日まともに寝ていないんだという話のあと、束の間の移動時間も眠りに当てられていました。テレビ局関係は他の業種と比べると比較的タクシー代も経費で落ちることが多いようで、その時間帯ではありがたい運賃をもらいました。

 

 ***

 

またこんなこともありました。夜のお仕事が終わった中年のサラリーマンのお客さん。車内では生々しい給料の話になりました。タクシー運転手では、一日の売り上げを言うと大体年収も分かる人には分かるような仕組みです。「じゃあ年収換算で計算すると○○円ぐらいか?」と詮索されるのも面倒臭くて、いつも聞かれると収入を素直に話していましたが、そのときは

僕「そうですねー、去年の年収で○円ぐらいですかねー。」

客「ええっ、そんなにもらったの?俺より多いじゃん!」

と言われたのです。

僕より1回り半は上の、疲れたお父さんがそういうので僕は内心驚きました。そのお客さんは普段あまりタクシーは乗らないらしく、降車の際には、料金をもらうのが申し訳なくなったのを覚えています。僕なら普段使いでは払えない金額だったからです。もちろんそれも会社で負担してもらえたのかも知れませんが、なぜか申し訳なく思ってしまいました。それぐらい、「タクシーを使うサラリーマンの人=余裕のある人」という思い込みも強かった。

 

***

 

また別のとき。ヒマでヒマでタクシーが有り余っている日はこういうことも何回かありました。乗ろうとしたお客さんに知らないビルの名前を伝えられ、

僕「すみません、ちょっと分からないので調べさせてもらっても宜しいですか?」

客「知らないの?じゃ他の乗るからいいよ バンッ」

で別のタクシーに乗車、ということも恥ずかしながらありました。他にもいっぱい走ってますからね、タクシーは。

 

逆に、大雨や電車が止まったり、連休前の深夜などはタクシーの需給が逆転。同じように場所が分からなく、

僕「すみません、ちょっと分からないので調べさせてもらっても宜しいですか?」

客「いいよいいよ、全然いいよ!ナビでも何でも使って!いやー運転手さん、ありがたいよーいいタイミングで通ってくれたね!あ、住所こっちで調べようか?お釣り取っといてね!」

となることもありました。僕としては同じように対応していても、お客さんの都合でこんなに変わるのかというのを体感したものです。たった一日の中でそう感じたり、「このお客さんと前のお客さん」でそう感じたりするのでなおさらでした。まぁ、僕がちゃんと知っておけばまた違ったんでしょうけど、タクシー業務全体を通して、お客さんってそれぞれだな・・・と心から感じました。

 

***

 

そういうことに加えて、夜の悪酔客、朝の急いでいるお客さんは緊張しました。

 

さらには切羽詰まったお客さん、

客A「産まれるー(妊婦さん)」

客B「産まれたー(孫娘が)」

客C「死ぬー(入院している母親が)」

客D「死んだー(横浜の病院)」

とそれぞれ切羽詰った状態のお客さんなど。色んな状態の人と接してきたのを経て、何か世の中って自分の思ってるより色んな人がいて、それぞれそのときを一生懸命生きてるんだけなんだよなと腑に落ち始めたのです。冷や汗をかきながら、体感していったのです。

 

レベルが違うのだけど、そもそも人間が違う

冒頭のマンガの中では、アドラー心理学を分かりやすく理解するために、『レベル』という言葉を挙げて説明されています。僕も当初は「大手町で働くビジネスマンは同い年にしてレベルが50だけど、俺はタクシーの運ちゃんでまだレベル8ぐれぇだ・・・」と思っていました。

でも上記のようなことを経て、「それぞれ役割が違うんだ、それぞれがいて成り立ってるんだ」と思うようにもなりました。もちろん年収は違うと思いますが、マンガの中でも使われている「人間が違う」「種類が違う」という言葉がしっくりきます。職業や収入が違うのは当然なのですが、そもそもの人間が違う。そう考えられるようになってきて初めて、嫉妬が薄れていった気がします。

事実、すごくいい人もいっぱいいました。これは企業ごとや年齢ごとや見た目に関係は全くしません、少なくともタクシーのお客さんは。人間性と言ってしまえばそれまでですが、個人で各々レベルを上げている、とも言えるかもしれません。これもタクシー運転手という勝手な自分の見方ですし。

 

社会の中で世捨て人にはならないよう、レベル上げに努める

いつだったか、調べるとかなり前のようなのですが、アーティストの『東京事変』の特集がNHKで放送されていました。たぶんポップジャムの特集だったのだと思います。東京タワーをバックにインタビューをしていて、内容はうろ覚えなのですがこんなやりとりがありました。

インタビュアー「自分たちが上だというような認識はありますか?」

全員「いやいや(即座に首を振りながら)全くそんなことはありませんよ」

亀田氏「社会ですから」

林檎氏「世捨て人にはなるまいと常々思っております」

その亀田さんの「社会ですから」という優しい口調と、林檎さんの確信をもった口調が印象に今も鮮明に残っています。

社会だから、比べることはないんですよね。劣等感が全く無くなったわけではないですが、そういう「周囲と比べる」ということはだいぶ薄れた気がしますし、それで楽になれている気がします。逆にどういう職業でも蔑むことが無くなった気がしますし、農家で泥だらけになるのも、実際に農家の人が言うほど気になっていません。自分が自己肯定・自己受容できなかったときにタクシー運転手をしたのはいい経験だったのかも、と今更ながら思います。

 

あとは自分の中でちゃんと自分を受け容れられるか、これは今後の課題です。自己受容、自己との仲直りというか。

 

 

長文読んでいただきありがとうございました。

 

(※出てくる実話っぽい話は場所や職業を変えているフィクションです)

はてなブログアプリで、リンクをブログカードで表示したい

ブログカードとは、はてなブックマークのサイトでいう所の

これのことです↓

 

b.hatena.ne.jp

 

タイトルと枠があって、付いたスターの数があって、ブクマ数があって、というはてな特有の指標になるデザインとなっています。概要がつかみやすいアイキャッチ画像があるものもあります。すごく見やすいと感じるので、見るときも結構無意識に参考にしているものです。リンクを貼るときにもよく使います。

僕はiPhoneで書いてそのまま公開することもあるのですが、そのときはてなブログのアプリを使います。

 

この鎖のボタンでリンクが貼れますよね

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ただそのときは、リンクは貼れるのですが文章でしか貼れません。

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    ↓ 表示すると

 

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このようにタイトルにリンクが貼られるだけの状態です。

 

 

そこで、リンクを貼ったあとの[:title]の部分を[:embed]に変えます。 

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      そうすると↓

 

f:id:peacebooks:20161030022105p:plain

ブログカードが貼れます。

 

ちなみにembedはエンベッドと読み、英語で埋め込むという意味だそうです。

 

※注 リンク先によってブログカードで表示されないページもありますので、その場合はPCにしてもスマホからにしても諦めてください

 

使い捨てコンタクトはネットで買えばなぜか50%オフ

僕はメガネと使い捨てコンタクトレンズを併用しているのですが、コンタクトのほうはワンデータイプを使っていて、もう何年も同じレンズを使っています。理由は特に無くて、当時近所の「コンタクトのアイシティで~す」と街中で配っているティッシュに見える折り方で渡されたただのチラシを持って行ったアイシティで購入した、というだけです。 

それがメダリストのワンデープラスというレンズで、他のレンズと比べて割と安かったのでそれにしました。カーブの角度など眼に合う合わないの個人差があると思うのですが、僕はもう同じレンズを5、6年使っているので合っていると言えます。

ちなみにそのコンタクトレンズ店での価格は、メールの割引クーポンなどを使って片目30枚1箱で2,000円程度でした。両目で2箱買うと約4,000円になります。

そこで、ネットで探してみると同じものが売っていました。

 

 

こちらはレンズバーゲンというショップのリンクです。マキシボックスと言って1箱に90枚入っている大容量タイプ。これが2箱で6,414円。30枚あたりでは1,069円ですから、店舗に行って買うときの約半額です。(2015/8/1現在)

僕はヤフーショッピングを使ってるので、Tポイントがたくさん付く日を狙ってヤフーのカード使ってもろもろ駆使すれば、ポイントを10倍程度付く日もあるので、実質30枚あたり962円ぐらいでいけます。

 

なぜかこの使い捨てコンタクトレンズというジャンル、ネットでも価格がバラバラで、この店は2箱で6,000円台ですが他の店では1箱で6,000円(=コンタクトレンズ屋での定価ぐらい)で売っているところもあります。なんでだろ。とりあえず僕が探した中ではこの店が最安値で、なぜか価格.comにも引っかかっていない店。ここで当面は買おうと思います。

買い方は特に難しくなく、右目左目でそれぞれ度数(-4.5、-6.75など)を購入画面で入力してポチるだけ。非常に簡単です。処方箋も不要で送料無料。今までがアホらしくなります。

今後はたまに自主的に検診として眼科に行くだけでいいと思います。ぜひおすすめします。

 

 

※価格は記事掲載時のもの

闇バイト「治験」の厳しさを知っていますか?

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厳しいというのは、実は「受けるまでが厳しい」という意味で、僕は今回治験を受ける前段階ではじかれました。ですので今回は、下調べをし、実際に予約をして、参加を見送られるまでの体験談を書きたいと思います。

 

そもそも治験とは?

治験というと、いわゆる「死体を洗うバイト」とともに高額闇バイトとして知られていました(僕の中で)。僕自身今も働いてはいるのですが仕事が単発で不定期なもので、引っ越して間もないし、生活を立て直すためにまとまった現金がほしい、そうなると治験という訝しいものにも手を出すわけです、人間は。Wikipediaによると、もともとは「療の臨床試」の略ということのようです。臨床というのは実際に人体と向き合うこと。普段僕らが患者として接してるのは臨床医療の現場なわけです。実際に人体に投薬したり施術したりする前には、多くが研究所の中で何度も何度も研究を重ね、安全性に確証が出てから世に出るわけですが、その関門として僕ら被験者が立ちはだかります(結局僕は立ちはだかれなかったんですが)。

治験には大きくふたつ

受ける側から見ると大きくふたつに分けられると思います。ひとつは、健康な人や、肥満気味・喫煙者や生活習慣の悪い人を対象とした投薬など。対価として協力費(バイト代のようなもの)が支給されます。

もうひとつは実際に病気にかかっている患者さんやガン患者の人などに、すべて手を打ったあとに施される新薬の投与などのことも治験と呼ばれるようです。その際は多くの場合に治療費が免除になるようです。ただ危険度も高い。もし受けられる人がいたら、詳しい話は現場で確認してくださいね。

一般的な治験は意外と安全ぽい

前者の治験、健康な人が受ける治験について調べてみると、それは想像より安全なイメージに変わっていきました。それまでは人間モルモットのイメージしかなく、変な薬を打たれ「失敗して後遺症残ったらごめんね、でも誓約書にサインしてもらったからね」みたいなイメージでした。本当にそんなのやってんのか?とまずそこから疑問でしたが、実際に調べて治験実施団体に登録したり病院に予約入れたり、その電話でオペレーターの人ともやりとりをしたことで分かったことをまとめます。

主にボランティアとして募集しており、報酬は「協力費」として支給されます。献血や骨髄バンクなどは同じボランティアでも完全に無償で提供していると思いますが、こちらはお金が出ます。

お薬に関してはこちらは内容としてはどの検査も、薬を飲んで採血を何度もし、採尿もし、その経過を計るというのが主なようです。一度実際に治験受付のオペレーターに「やりませんかー?」と勧められたものは、ブドウ糖の摂取の検査でその経緯を見るというテストだったようです。甘い飲料を飲んで、薬を飲んで、採血されるというテスト。

プラシーボ効果を見るために、被験者の3分の1はビタミン剤を投与するだけのものもあったり、いわゆるジェネリックの医薬品も治験を通さなくてはいけないものらしく、製薬会社が違うだけでほぼ全く同じ成分の薬を飲んだりするということもあるようです。

ただ、事前検査が厳しい

僕の場合、ですが。治験には事前検査と本検査があり、健康診断と似たようなものがあるようです。

何よりも肉体労働がだめということです。肉体労働って激しいガテン系の仕事のことだと思われている方、そうではありません。実際、僕の今の仕事内容(山仕事)を伝え、オペレーターさんに聞いてみました。

 

オペ「それでしたらbosobosoさんの場合、一週間前から仕事を休まれても厳しいと思います」

僕「そうですか・・・じゃあ例えば肉体労働ってのはどういうのを言うんですか?コンビニなんか立ち仕事ですけど」

と意地悪質問のつもりで。そうすると

オペ「そうですね、コンビニの店員さんでも3~4時間程度でしたらOKな場合もあるんですが、7~8時間の勤務ですと、厳しいです」

僕「え!重い荷物をガンガン運ぶとかいうだけでなくて、立ってるだけでダメということですか?」

オペ「そうですね~」

 調べてみると、CPK(PK)という筋肉疲労の数値が一気に上がるそうです。そしてそれが適した数値に落ちるまで数日~1週間かかる。1週間は空けますよと伝えたんですが、ダメでした。

僕「それは普段から仕事してない人が急に体動かすとか、そういうことじゃ?」

オペ「いえ、普段から動いてる人のほうがなかなか下がらないんで~」

 

との返答。なんだか健康な人を対象としているイメージが崩れたんですが。。。

僕の今している不定期のバイトは野山での外仕事で、それはちょっと不適だということで、「今度状況が変わったらお知らせくださーい」とのこと。残念ですが、簡単にはいきませんね。

他にも、食事、飲酒、睡眠時間や過去の治療など、引っかかるものはたくさんあるようです。主に1週間ぐらい前から禁酒・禁運動、喫煙は2ヶ月前から、なども多かったです。虫歯の治療も1週間前までには遅くとも終わらせましょう。体調を整えて万全な状態で受けなければいけないのです。そんなこともあって結局僕は今回の治験は諦めました。お金がほしいのもあったし純粋に興味もあったので受けてみたかったのですが。

それぐらい厳しいので安心といえば安心、ただ個人の判断で

健康体でBMIも22周辺(標準どまんなか)をウロウロしている僕としてはショックでしたが、それだけ厳しく検査しているのなら、ある意味安心なのかなと思いました。何しろ情報がないので2ちゃんねるのスレッドなど見てしまいましたが、そこまで怪しいバイトという感じではないのかなと感じました。対象者としては、普段体を動かして働いていない人、デスクワークの人、ニートの人、失業中で端境期の人などはいいんじゃないかと思いました。ただ、もちろん薬が体内に入るわけですから、それだけで副作用はありますし新薬だとリスクはあります。やるかやらないかは個人の判断です。また、一度投薬すると3~4ヶ月は別の治験はできないことになっているようです。そのあたりのことはまた、治験を一度受けてみてから書きたいと思います。

報酬(協力費)は時給800円前後から

バイト代、などというと病院側に怒られるという書きこみもあったので「協力費」としますが、こちらは相場がだいたい1泊15,000~20,000円、1回の通院で10,000円弱が多いようです。泊まりの場合は寝ている時間も含めて割るとだいたい時給800円前後。そう考えるとめちゃくちゃ割りが良いとも思えないし、ある意味安全なのかなと思えます。事前検診には交通費として3,000円程度が支給されることが多いようです。僕の見たサイトでは、「2泊3日、通院1回」「10泊11日、通院2回」などがありました。「急募」となっていたものもあったので被験者は不足してるような印象でした。

 

 

 ※追記 (2016.08.22)

↓治験、行ってみました!