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元タクシー運転手から泥沼にハマった男のブログ

30代元タクシー運転手が農家になる途中

『さよなら渓谷』と『悪人』の主人公男の共通項

孤独と貧困 精神・自己受容

 ※以下は内容が含まれますから、知りたくない人は読まないでね

さよなら渓谷 [DVD]

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  吉田修一原作『さよなら渓谷』の映画をDVDを借りて観た。

 

 

『悪人』には相当に共感した。泣いた。

悪人 スタンダード・エディション [DVD]

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   以前観た『悪人』はお気に入りの映画で、いつもはDVDなどレンタルしかしない僕が珍しく購入した映画だ。でも何度も観る映画じゃないなと買ってから気づいた・・・。公には「誰が悪人か」というようなテーマだったけれど僕にとっては人間の孤独感を描いた映画だった。シラフで観たけど泣いたし、すごく共感できた。実はそれだけ孤独感に苛まれてんのか俺、と気づかされた。その後原作も読んでみたくなって読んでみたら、結構映画には描かれていないシーンや心情もあって、より主人公の祐一に共感したものだった。それについてはまたいつか感想文を書いてみたい。

そんな折、レンタル屋で何かないかなと映画DVDを探していたら、『さよなら渓谷』も同じ原作者だと知って借りて観てみた次第である。

『さよなら渓谷』について

さて観終わってみたら『悪人』同様、まぁ救いがない。重くて暗い。デートで観終わった後だったらメシも食べたくないしどこかに出かけるのも億劫になるだろう話だった。途中から「この原作者の吉田修一という人はいったいどういう人生を歩んできたのだろうか」ということが気になってしょうがなかった。たぶん僕とどっかしら似たような人なんじゃないのかなぁ。

お話はざっくり言うとレイプ犯とその被害者がなぜか一緒に暮らすという話だ。(本当にざっくりだな)。映画のキャッチコピーは「ごく普通に見える夫婦。だがふたりは残酷な事件の被害者と加害者だった―。」である。映画の途中まではその真相が分からないのに、わざと映画封切り前の時点でそのコピーを出していた。なんでそんなことするの?と興味を引かせる作戦だったらしいが、それはこの話の内容が単にミステリーや事件ものではなく、本質的に伝えたいものが他にあったからこそできる手法だろう。

では何を伝えたかったか?

観終わると、作者が何を伝えたかったかを考えてしまいがちだ。でも最近は考えが変わってきて、伝えたかったものなんて特になくて、お話というのはある人が勝手に書いたものを勝手に読んで好きなように解釈していいもの。そう思っているからチョー勝手に書くが、僕はやはり主人公である尾崎俊介に共感をしてしまった。レイプを許せるわけはないのだが、なぜかあの人間性、マジメな癖にときに不器用に生きている姿を、自分と重ね合わせてしまったのかもしれない。僕も本当に生きるのが下手糞だと感じているから。

「あなたが死ねと言えば死にます」と言葉にする気持ちというのは一見贖罪の意識を感じさせるが、僕からすると実は、本当に実はそれも心底では思ってないのではないか、と感じる。そうすることで自分が楽になろうとするひとつの方法になってしまっている。謝って謝って、何でもする何でもするというのは実は被害者のためではなく自分のためになっているというのを、意識的にか無意識的にか分からないが分かっているのではないだろうか。分かっているとすれば、マジメ人間にとっては、生きる上でやってはいけないことは絶対にやってはいけない。死ぬまで苦しいから。完璧には無理なのに。それこそが人間の弱さだと感じた。自分の心底なんて本当には分からないのだ。泥沼である。本当の誠実さって、世間では違うんだろうなと観終わってしみじみ感じた。

また、罪の償いということについても考えさせられた。一般的な女の人からしたらレイプ犯と一緒に暮らしてセックスもするなんて理解しがたいはずだ。そういう人はそのまま生きていくのが幸せだと思う(同様のことを『悪人』のときにも感じた)。知らなくていいことなのである。しかし運悪くそういう運命に陥ってしまった人にとっては、レイプ犯を贖罪させることがレイプ犯にとって幸せなら、その反対を行きたくなる、行かざるを得なくなる気持ちも分からないでもない。また、自己嫌悪もあるだろう。「あのときなぜ私はヌケヌケと付いていってしまったのだろう」とか。そういう話を僕は実際に女性から聞いたことがある。理屈では一番悪い人がいる。なのに自分をも責める。そういう、理屈では解決できない感情に支配されている姿を見たときに、とても人間らしさを感じる。

他のレビューに書いてあるような「真実の愛」についてはよく分からない。分かりたいけど、そこまでのレベルに僕は到達してない。

ダメでマジメな人間のままの自分を受け容れる

『悪人』の祐一も『さよなら渓谷』の尾崎も、どちらもとんでもないダメ男である。だけどどこかマジメである。「真面目」ではなく「マジメ」。馬鹿マジメのことである。現代では侮辱語として使われるあれである。「ダメでマジメな人間のままの自分を受け容れていきなさい」というのが裏テーマに感じた。そういう言葉の代わりに、大森南朋演じる記者が最後に言う畜生セリフに現れている。僕には「どうせ受け容れられねぇんだろ」と翻訳して聞こえた。そりゃ尾崎もああいう顔になるわな。

秋葉原通り魔事件をテーマにした『ぼっちゃん』と期待作『怒り』

監督の大森立嗣さんはどこかで見た名前だと思ったら、これまたこないだDVDを借りた『ぼっちゃん』の監督だった。あれもあれでやりきれない感情が生まれたのを覚えている。なんか僕は、そういう道の端っこを歩くような、側溝のフタの上をがたがたとボロボロのママチャリで走るような人生に、惹かれてしまっているのだろうか。人生は思ったとおりの人生になるという話を聞いたことがあるし、今のところ当たっているかもしれない。

ところで、『悪人』でコンビを組んだ吉田修一×李相日の組み合わせで『怒り』というお話が映画になるらしい(2016年公開予定)。なんでも房総の漁港が舞台だそうだから、これは見なくては。何でも、市川市の女性を殺して整形してまで逃亡したという某事件に似たストーリーだそう。今度はまず最初に小説を読んでみようと思った。

 

ぼっちゃん [DVD]

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怒り(上)

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