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元タクシー運転手から泥沼にハマった男のブログ

30代元タクシー運転手が農家になる途中

これからの日本、子持ちが大きい顔をできる社会になっていく気がする

男女・結婚 孤独と貧困 都会と地方

www.sankei.com

[おことわり]

最初に、この記事は「子供を望んでいるのにできない」とか、不妊治療をしている等の問題にぶちあたっている夫婦の方に向けて書いているのではないということをおことわりして、本文に入りたいと思います。またそのほかにも子供がいないことに辛い思いをされている人などはおすすめしないです。

 

***

 

最近薄々感じていたんだが、ざっくり言って「子なしの人より子持ちの人のほうがエラい」風潮になりつつあるのを感じる。これは30代独身フリーターである僕が子育て世代に入ってきて周囲と比較し始めたからなのか、社会が実際にそうなっているのかよく分からないので、とりあえずブログに書いてみることにした。不快に思う人もいるかもしれないけど、すみません。

 

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以前、地元の同級生の女の子とたまたま会って、そのとき彼女は初めての子供を産み、育てているところだった。1歳に満たないぐらいの年齢で、僕も抱かせてもらったことを覚えている。首は座っているということで、両脇の下を支えるようにして持ち、そーっと抱いた。普段そんなことをしたことがあまり無かった僕なので、やけに緊張したことを覚えている。幸いにも泣かれることなく、対面する。ママである同級生を興味深そうに見ていた。

そのママの話を聞くと、子供は可愛いことは可愛いが、出産が本当に辛かったそうだ。元々子供大好きというわけでもなかったということもあって、2人目は今のところ考えていないと言っていた。今はどうなっているかは知らない。

また、「少子化対応してみた」というようなことも言っていた。もちろん記事冒頭のニュースやそれに対する反応のような重苦しい雰囲気ではなく、彼女も僕がいつか結婚すると信じきっている、そんな風な悪気は全く感じない軽い口調だった。

僕はと言えば、そのときから現在までもちろん独身で、この先も結婚なんて全く見えない。金銭的にもそうだし人間的にも誰かと一緒に暮らせたりできるような気が全くしない。好きな人すらできない。そんな僕としてはその当時、少しだけ罪悪感というか申し訳ない気持ちになってしまった。そして一人産み育てるということのすごさを現在この歳になるとすごく感じるようになった。「そんなことを感じる必要はない、人それぞれでいい」というのは一見「成熟した社会とさまざまな価値観の存在を認められ得る現代ニッポン素晴らしき」のように見えるが、それは単純な理解だと最近は感じるようになった。感じてしまっている気がする。

これだけ少子化が問題になっている昨今である。なんせ先進国と言われる国の中で人口が減ってきているのは日本だけという事実がある。しかも移民も入れないからどんどん減る。世界で初めての例になる国なのだから、これから子持ち子なし論争について起こる価値観の変動も、世界初のものになると僕は思っている。そう考えると、彼女が言った言葉も当然の感覚と言えるかも知れない。

僕の地元は人口流出が進んでいる町で、僕が通った小学校も近隣の小学校と合併することになったらしい。たった20年程度でクラス数が半分になったというのだから、この先はもっと減るだろう。これが少子化ということかと実感した。実際に使っていない教室なんかを目の当たりにするともっと実感が湧くのだろう。

 

 

 

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所変わって今僕が住んでいる場所は地方都市・ファスト風土である。周囲は住宅街で、同い年くらいの夫婦が子供を持っている家庭は東京より断然多く感じる。スーパーに出かけると、お母さんがおしゃれも化粧もせずに、子供を2、3人引き連れて歩いている姿も多く見られる。そういう家族連れの姿を見て、僕は純粋に申し訳ないという思いが湧いてくる。一人暮らしでのうのうと(まぁ自分なりに必死には)生きていながら、彼ら彼女らは自分の稼いだリソースの少なくとも一部をあの子供たちに注いでいるんだなと。そのおかげであの子供たちはあれだけ大きくなってるんだ、と。自分が病んでいるときには、「合計したら確実に彼らのほうがエラいじゃないか、何やってんだ俺は」などと落ち込んでしまう。

 

また、僕がよく行く林業のバイト先・就農予定地は過疎高齢化がかなり進行している地域で、人口はもとより子供の数なんて僕の地元よりはるかに少ない。そうすると子供の「貴重さ」みたいなものを否応なく感じさせられてしまい、すごく大切な存在なんだ、と社会一般的に感じてしまうのだ。

 

もちろん、子供を持つことや家族を持つことは極めて個人的なことだ。それはおのおの自由である。

 

ただ。

 

「ただ」の後に続く言葉はこれまであまり口に出したりおおっぴらに出なかった。しかし現代になってこれだけ少子化が国の存亡に関わることで、「じゃあ外国人の移民増えて治安悪くなるかもしれないけど文句言わないでね」と言われてもしょうがない事案ということは事実である。

そういう風潮を、この時代に子育て世代に入っている者としては感じてしまう。冒頭のニュースでのブコメはほとんどが菅官房長官や政府の古臭さを非難しているものだった(まぁそもそも発言すること自体がアホという感じの受け止められ方かもしれないが)。

 

***

 

子供を持たないことを「社会へのフリーライドという側面があるのは事実」というブコメに星がたくさん集まっていた記事を最近見かけたが(何の記事だったか忘れた)、今の子育て世代の間に、そういう見えないマウンティングや戦いがある雰囲気は正直感じる。いくら制度や子育てに対する政治が悪いといえども、同じ土俵で子育てしているのだから。「オマエがわがまま言い過ぎなのだ、貧乏でも相手がブサイクでもいいから子供持て」とか言われたら「そりゃそういう面もあるか」と言うしかない。

 

こんなことは東京にいるときは微塵も感じたこともなかったが・・・。それぐらい、こっちは同世代の家族・その子供たちが多い。

 

 

経済政策や子育て政策等、政治に期待することはいっぱいある。進んで解消して欲しいこと、いっぱいある。

だけど、上のようなことは考えすぎだろうか?子供がいないフリーターの被害妄想だろうか?もし子持ちのパパさんママさんに、子供がいるいないで露骨に大きい顔をされると、ブコメ上位のような反論が「逆ギレにしか見えない」世の中に、今後ならないだろうか。

時代の雰囲気としてだけど、そういう風潮がある気がする。それだけ子供が貴重な存在で、お金等のリソースを投入しないといけないということって、独身子なしとしてあまり実感として湧かないのが一因だとは思う。

 

そんな心配をする30代独身男。