読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元タクシー運転手から泥沼にハマった男のブログ

30代元タクシー運転手が農家になる途中

希望とか「希望感」は死ぬのを先延ばしにしてくれる

孤独と貧困 精神・自己受容

president.jp

 

僕は東京でタクシーの運転手をしていたが、その主要な勤務体系である隔日勤務という体系は言葉通り、一日行けば次の日は必ず休みである。それが1日置きに続いて月に12回やるだけだ。12回の出勤の朝が毎日「今日行けば明日は休み」な状態なのである。それが1年、2年と続く。そのことが自分にとってはすごく楽だったのだと、3年目に入ったぐらいのときに感じた。

 

ただ、そういう毎日は「気楽」ではあったけど、希望を持って生きていたとはいえなかった。

仕事自体にそこまで真面目に前向きに勉強していたとは言えない。たまに出歩いたり、ネットを見ているときに見つけた初見のスポットや建物の名前、入り方やルートをグーグルマップでチェックしたり、都心なら皇居のどっち周りで行けば距離が近いのか、を軽くチェックするぐらいだった。(結局そんな場所は都内に無数にあるからやっても焼け石に水だったし。同僚からは「マジメだねぇ」と言われていた)

趣味も特になかった。明けの日(仕事の次の日)にはやることがなく、ランニングぐらいしかすることがなくて、ランニングシューズやウェアにカネをかけていた。ランニングから帰ってきたら早めの酒を飲んで、酔いが覚めて眠れなくなったら別のルートをランニング、みたいな時期もあった。何やってんだろう、と涙が出たときも多々あった。今考えると日々気楽に過ごせた時期ではあったけど、生産性みたいなものはなかった。もっと若いときほど死にたいとまでは思わなかった。けど、希望というものも特になかった生活だった。しかし一番貯金ができたのは結局そのタクシー時代だった。

 

***

 

希望・目標が自分を支えてくれている感覚

今、その貯金はゼロになり、フリーターで新規就農を目指しているわけである。自家用車は20年落ちの軽トラ。そのカネの無さと今の生活を客観的に見てみるとすごく悲惨なはずである。

しかし当の自分としてはなぜかそこまでの悲惨さがない。去年の暮れも時間数的にはタクシー時代の比じゃなく働いてばかりいた。そんな疲れてバタッと倒れそうな自分を、むしろやる気が支えてくれている感覚だ。

ひとつあるのは、長期的な目標ができたこと。きちんとした農家で生計を立てられるようになるには、早くても3年後の予定だ。それまではアルバイトだったり、給付金や借金も考えている。あまり給付金などはもらうのが肩身が狭くなりそうでいやなのだが、結局今の状態ではバンバン貯金ができるわけでもなさそうだし、使わせてもらえるものは使っていくか、というスタンスだ。

そんな3年後なんて、明確に見て生活したことなんてこれまでの人生で一度もなかった。大学を出てからずっとその日暮らし、その月暮らし。カネに余裕ができた時期も、何か希望を見出せたことは無かった。

 

***

 

そんなわけで、目標はすごく大切だなと感じたという話でした。家族を養ったり子供を育てたりするのも、そういう感じなのかな。

ただ肝心なのは、「目標を持て!」と言われて持つ目標だと、そこまで希望がないということなんだよなぁ。少なくとも僕にとっては。