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元タクシー運転手から泥沼にハマった男のブログ

30代元タクシー運転手が農家になる途中

「地方と東京」という観点の前に、「地元」の観点もね

都会と地方 農業

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

先日東京も都心のど真ん中に行って思ったのは、やっぱり自分は見栄っ張りだったし周囲に合わせる意識が強い人間だったということ。大手町を歩くのにも、よれよれのTシャツに泥のついたジーパンで気にせず歩いてもいいのだが、それはできずに僕は外に出る前、トイレで泥汚れをハンカチで拭いた。

 

まぁそんなことは些細な事だが、僕は恥ずかしながら東京で消耗しているほうの人だったかもしれない。大学卒業と同時に就職で東京に来たけど特にやりたい仕事があったわけでもなく、強いこだわりがあったわけでもない。ただ地元を出たい一心で、大阪よりは東京に住むか、ぐらいのことだった。

 

地方は東京に比べて見栄を張らなくても惨めではない

地方は見栄を張らなくていいなぁと感じている。僕の自然体でいられる。タクシーをやっていたときも思ったし、それ以前に地元から東京へ出てきたときも思ったのが、「東京の人って、他人の前で自分が見栄を張ることを恥ずかしく思わないよなー」ということだ。むしろそれが強者の証かのような。あえてそうしている感じをすごく受けた。そして僕もそれに流されていたと思う。だから今はすごく楽だ。みんなそんなにおしゃれしてないから、自分もおしゃれしなくてもいいかと思える(笑)。これでもし大手町に通ってたらすれ違う人の50%にチラ見かガン見はされるだろうな、と思うような恰好をほぼ毎日している。そうすると毎日惨めだろうな。

それでも家と田んぼの往復、みたいなだけでなく、街中のスーパーやホームセンターやオートバックスには行くんですよ。

 

「東京か地方」ではなく「地元と自分」との関係は大事である

そもそもごっちゃになりがちだが、僕にとっては「地元」というのは「東京か地方」という論点からは全く外れた存在である。僕はとある地元で生まれてから高校卒業まで、大学も少しかぶって過ごした。

が、今は全く戻りたいと思わない。それはおそらく地方特有の慣習とか文化が薄いとかそういうことではなく、地元には幼少期の自分の呪縛があるからだと思っている。僕は自分で言うのもなんだけど小さいころは優等生で過ごしていた。今みたいな生活は地元ではできなかったと思う。いや別にやってもいいんだけどそこまでの強いハートはなかった。自由に過ごせない感じがした。今住んでいる田舎町には自由しかない。みな、もともと地元でそこに根を張って生きていて、そこに勝手に移り住んできた若い男。変人扱いかもしれないが、今のところいじめなどは受けていない。結婚するしないも言う人はいない。おそらくそれが自由に感じるのは、これから自分を作れるからじゃないかなと思う。呪縛がないから。

これから不自由になるかもしれないし、呪縛もできていくとは思うけど・・・。移住した場合、その土地柄も重要かもしれないなぁ。

 

また、「地元」がない人もいっぱいいると思う。特に最初に東京に住んで違うなと思ったのは、都市部では「生まれは鹿児島で、父の転勤で埼玉に住んで、今は葛西に住んでる」みたいな人がいっぱいいるということである。

僕の地元ではそういう人はまず少数派で、「この県が地元」という人が9割以上。「ふるさとがあるっていいね」と言われたことも、いわゆる高卒大卒で「上京」してきた人なら経験があるのではないか。それは東京の性質でもあるし、日本全国、都市部ならそういう傾向があると思う。

とにかく、「地元」かどうか、そもそも「地元という感覚」がその人に無いかもしれない、という前提も必要かなと最近思う。

 

***

 

さぁ、そういう価値観の男が今農業をやると言って田舎に引っ越してきましたので、これからどうその意識が変わっていくかをこのブログで追っかけてくださいね。タクシーをやってるときからひとつ思うのは、みんなまっとうに生きてるから、僕みたいな生き方は何かの「参考」にはならないだろうなということですかね。おもしろがって見るのはいいのでは。これから人付き合い苦労するかなぁ・・・

 

でも今僕、農作業や荒れた庭の片づけが面白いんですよ。タクシーの勤務明け(休みの日)に、てんやとサイゼリヤをはしご酒してた時期よりだいぶ前向きでいられるんです(笑)。