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元タクシー運転手から泥沼にハマった男のブログ

30代元タクシー運転手が農家になる途中

派遣切りされた30代無職の人は、毎日をしっかりと生きること

精神・自己受容 孤独と貧困

blog.gyakushu.net

 

上の記事の方は怒り心頭です。

こういうテーマのとき、僕らのような立場の人間が感じる葛藤として、「自己責任論」が常に横にあります。現在の状況というのは、必ず「過去の結果」としてあるからです。これは時間という概念がある以上どこでも誰でも必ずそこに「ある」ものだと思います。

対して上の記事の方のように、政治や世間に声を上げることも大切だと思います。そうでないと、多数決や投票で決まる「民主主義」という現代の一応の制度上、必ず相対的に不利益をこうむることになります。だから必要なことです。

しかし声を上げると「自己責任だろ」と責められ、それによって自己肯定感の薄い若者たちはぺしゃんこになって明日からの生活が危ぶまれます。だから声を上げません。

そのことを責められる人はいないと思います。

 

将来を考えず、毎日を生きる

僕は30代中盤にさしかかりますが、この歳になって心掛けているのは「身の丈に合った生活」であったり「毎日を粛々と生きる」というようなことです。けして前向きに生きているつもりはないんです。周囲と比較したり未来を考えるとうんざりして鬱になるので、今、毎日を生きるという感覚。

ごはんが無ければ、米を炊く。仕事が無ければ、アルバイトを探す。それでもお金がなければ、サラ金を利用する。借金を少しずつ返すために、アルバイトをする。傍目から見るとひどい人生に見えるかもしれませんが、僕はそっちのほうが幸せな人生だと思います。

自分を責め、社会を責め、悲観して生きていくのはたぶん不幸な人生だと思います。「諦め」という言葉がありますが、それに似た感覚と言えるかもしれません。でも後ろ向きなわけではない。

もう僕も「フリーター」の定義からは外れる年齢になります。しかし、そういう他人の尺度からもなるべく外れて、毎日生きることが肝要かなと思います。プライベートブランドの安いチューハイを飲みながら、youtubeを見て過ごす生活が幸せ。たまに牛焼肉定食(松屋)食べられたら幸せ。そういう生活の中でプチ幸せを感じられたら尚いいですよね。

そうそう、僕は軽トラのみで移動していて、バイト先の人からは変な目で見られていると思うのですが、こないだ仕事終わりに2回続けて人助けをしました。バッテリー上がりの女性の車を、載せてたケーブルで復活させたこと。自転車のカギをなくしたバイトの人を荷台に自転車を載せて家まで送ったこと。

いいことした満足感からか、その日の安チューハイは、頂きもので飲んだエビスビールより断然美味かったなぁ。

 

 

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