泥沼ブログ

非農家から就農して、男一人で農業所得400万・時給2000円農業を目指します

休日がこわくなくなるぜ


はてブを見てるとこの日記が伸びてるみたいで、でもまぁ20代後半って僕もこんなことがあった。目標っていうと特になく、おそらくこの方はお金には困ってないのだろうが、僕は人生で初めてクレジットカードのリボ払いというやつを数万円使ってしまい、その罪悪感から逃れるために必死にタクシーで働いていた時期だった(今思えばなんとかわいいことか)。

働いてたらある程度貯金ができて、一応目標が達成された。その次の目標を立てるべきだったのだろうけど、その当時の僕には特に目標が立てられなかった。いつかも書いたかもしれないが、休みや明け番(24時間勤務の次の日の休みのこと)は、昼間から酒を飲んで酒が飲めるチェーン店をはしごしてから家に帰り、寝てから夕方起きて石神井川沿いをランニングして酔いを覚まして、次の仕事のために寝るという、子供には聞かせられない生活を送っていた。それでも働いているのだからいいのだ、ニートよりはマシだという自己満足だけが支えだった。

 

それから色々経て、今農業者としてまい進している、まさにまい進しているところである僕は、まったく休日がこわくなくなった。いや、休日が無くなったのだ。農業という仕事は、やろうと思えばいくらでも仕事があるからである。そんなこんなしているうちに、いずれ投資した資金も回収され、貯金ができ始めるだろう。

 

僕が田んぼを借りている地主さんのひとりは、今年で仕事が定年を迎えて退職されたらしい。話を聞くと、「定年なったけど、やることはいっぺぇあるんだよ」。田んぼや畑やその他もろもろ、自然を相手にしているとやることが無くなることなんてまずない。草はまず伸びるし、伸びっぱなしだと人間生活には不適な環境になるのである。だから刈るのだ。東京にいたときは全く考えが及んだこともないけれど。

 

レンコンは冬に収穫する作物である。早く掘ってくれ掘ってくれカネに替えてくれと、田んぼから声が聞こえてくるようである(実際のハスの声は「何掘ってくれてんだよ!来春の発芽のために栄養溜めておいたのに!あぁッ!やめろっ!グワーッ!!!ボキっ」だが)。

だから全くやることが無いなんて感覚になったことがない。だから農業は、「休日がこわい」人に向いているよ。増田に書く時間なんて絶対無くなる(笑)。

 

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翻って人間の生活に戻ると、人はやはり人のために生きるほうが自然じゃないか、と最近というか田舎に来てから切に感じるようになった。こないだ東京に行ったときに元同僚の人と会ってしゃべったが、この先ずっと一人で自分のためだけに生きる。それはなんか違うのである。誰でもいい。別に家族じゃなくたって、愛し合える人がいなくたっていい。誰かのために生きるというのは自然なことなんだよ。という話に落ち着いたのである。